映画「杉原千畝」の見た感想を一言、見る?見ない?

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映画「杉原千畝 スギハラチウネ」を見てきた。

映画は第二次世界大戦前の1935年のヨーロッパにおけるユダヤ人の迫害から守った一人の日本人の功績と生き様を描いている。

千畝という名前は珍しいが、その由来は税務署員であった父親がその頃赴任していた千畝が生まれた場所の名に由来するらしい。

岐阜県の八百津町にその地名はある。その意味はというと、そこは千枚田や棚田があるのどかな風景の農村だった。おそらく父親は、その景観になんらかの共感を得て自分の子供にその「千畝」という名前を付けたと推測されるという。

そもそも何故、日本人がビザ発給を行なったか?

あらすじは

当時、日本の占領下にあった満州国においての杉原千畝という外交官としての役目や人物像、信念形成などベースから始まり、その満州国での出来事がきっかけで、杉原はリトアニアへそこはソ連とヨーロッパの狭間にあり、ソ連とドイツのヨーロッパの奪い合いとなっており、次々とヨーロッパの各国を占領していきつつあって常に戦争状態にあった。

すなわち、戦争の常である難民が大量に発生しており、ドイツのユダヤ人迫害は常態化していた。杉原が赴任したリトアニアにも行き場を失ったユダヤ人難民が押し寄せてきており、杉原の日本領事館前にも多くのユダヤ系難民が日本へのビザ発給を要求する為に来ていた。

それから杉原千畝のリトアニアも手中に抑えようとしてソ連が迫ってきている中、杉原自身の発給の是非や決断までの苦悩や、本国である日本への抵抗などあらゆるプレッシャーの中、ビザ発給実行とその後の状況が描き出されていた。

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映画を見た感想は?

これはあくまでも私の印象ですが、
はっきり言って、若干予想していた展開と違っていた。

一番はビザ発給の予想以上のあっけない実行だった。もっと、本国との交渉、またユダヤ人たちの要求の激しさなどを予想していたが、映画上ではすんなりと発給場面では行われた印象だった。

私はあまりその仕組みは分からないが、もし本国に発給を打診していたら当然出来ないことは明白で、そこに発給までの戦いがあり、葛藤がありやっと実行するに至るというストーリーかと思っていた。
実際は、杉原千畝自身が本国には内緒で独断で実行している。

また、ユダヤ人の人たちも激しく要求するのではなく、ただ領事館前に集まっているだけなにも混乱も起きてない。

それにこういう場合は通常であれば、その民衆の何人かをピックアップしてその人たちの、それまでにいたった経緯を描くのではないだろうか。
あるにはあったが、2人の子連れの母親を描いていただけだった。

これでは、6000人を救ったと言えば、大変なのことなのだがそこのところがあまり伝わって来なかった。

全体的に展開も早くビザ発給もクライマックスかと思いきや、あっさり過ぎて難民たちもすんなりと日本へと渡っていた感じだった。

そんな訳でクライマックスもなく全体的には起伏のない重みのない仕上がりという印象が強かった。

しかし、ある意味考えさせられたところも・・・・・・・・

この映画にはユダヤ人の射殺シーンも出てきている。

建物の中の大勢の人々の前にドイツ軍と思われる兵隊たちが機関銃をその人々に向けて立っている。
すると、隊長と思われる者が号令をかけて次々と射殺していくシーンだ。

人々は除けようとしゃがみ込み、撃たれた者は起き上がらず、撃たれなかった者は立ち上がらせられる、そしてまた「ダダダダッ」と機関銃が放たれる、それが何度も何度も・・・・、そして最後には誰も立ち上がるものはいなくなった。

私はこのシーンを見ていて、何故か他人事ではないという気がした。いつもなら映画上の演出であり、遠い出来事だと感じていたが今回ばかりは違った。

今、現在のテロが多発している世界の状況、日本の安保法制成立、隣国の脅威、これまでに生きてきて、これまでにない意識的にしろ無意識的にしろ恐怖を感じているからだと思う。

まさに混沌とした世界へと急激に変貌している気がするからだ。

この映画は80年前の世界だがドイツとソ連のヨーロッパへの侵攻、覇権争いなど現在の世界と酷似してきている。

ヨーロッパでの覇権争いはないと思うが、中東やアジアなどはまだまだ成熟していない国家が多数存在する。テロの多発もしかり、なにがこれから世界で繰り広げられるのか分からない。

インターネットなど技術的な発達の影響により、80年前の状況よりもさらに悲惨なことが起こるかもしれない恐怖が身近なところまで来ているかもしれないのではないかとこの映画を見ながら感じていた。

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